はじめに
モンテカルロシミュレーションでパス率95%のEAを開発したとします。十分に高い数字に見えますが、裏を返せば20回に1回は失敗するということです。チャレンジ費用を払って、5%の確率で丸損する。
この問題の解決策は「戦略をさらに改良する」ではありません。パス率を95%から99%に上げるのは、95%に到達するまでの労力の何倍もかかります。
答えは口座を増やすことです。確率の力で「失敗しても全体では勝つ」構造を作る。これがスケーリング戦略です。
期待パス数の計算
口座のパスは独立事象(1口座の結果が他に影響しない)と仮定すると、期待パス数は単純な掛け算で求められます。
E[パス数] = 口座数 × パス率
| 口座数 | パス率95% | パス率90% | パス率85% |
|---|---|---|---|
| 1 | 0.95 | 0.90 | 0.85 |
| 3 | 2.85 | 2.70 | 2.55 |
| 6 | 5.70 | 5.40 | 5.10 |
| 10 | 9.50 | 9.00 | 8.50 |
パス率95%で6口座を運用すれば、平均5.70口座がパスする。費用対効果として、これは1口座にこだわって改良を続けるよりはるかに合理的です。
全滅確率
「全口座が失敗する確率」は以下で計算できます。
P(全滅) = (1 - パス率) ^ 口座数
| 口座数 | 失敗率5% | 失敗率10% | 失敗率15% |
|---|---|---|---|
| 1 | 5.000% | 10.000% | 15.000% |
| 3 | 0.013% | 0.100% | 0.338% |
| 6 | 0.000002% | 0.000100% | 0.001139% |
| 10 | ≈0% | 0.000001% | 0.000020% |
パス率95%で6口座なら、全滅確率は0.000002% — 実質ゼロです。パス率90%でも6口座あれば0.0001%。3口座以上の獲得確率は99.7%を超えます。
損益分岐点 — 何口座が最適か
口座を増やすほど期待パス数は増えますが、初期費用も増えます。ここにはトレードオフがあります。
費用構造の例
プロップファームの200万円口座を例にとります。
チャレンジ費用: ¥40,000/口座(パス後に返金ありの場合)
パス後の月次期待収益: ¥80,000/口座
| 口座数 | 初期費用 | E[パス数] | E[月次収益] | 回収期間 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ¥40,000 | 0.95 | ¥76,000 | 0.5ヶ月 |
| 3 | ¥120,000 | 2.85 | ¥228,000 | 0.5ヶ月 |
| 6 | ¥240,000 | 5.70 | ¥456,000 | 0.5ヶ月 |
| 10 | ¥400,000 | 9.50 | ¥760,000 | 0.5ヶ月 |
費用が返金されるタイプなら、パスした口座の費用は戻ってくるため、回収期間は口座数にほとんど依存しません。増やせるだけ増やすのが正解です。
返金なしの場合は費用が純粋なコストになるため、予算とパス率に応じて最適な口座数が決まります。パス率90%以上なら6口座前後、85%前後なら3-4口座がバランスの良い選択です。
口座間の「独立性」に注意
ここまでの計算は口座間が独立であることを前提としています。しかし現実には注意が必要です。
独立になるケース
- 異なるプロップファームで運用(サーバー・スプレッド・約定が異なる)
- 開始タイミングをずらす(相場環境の分散)
独立にならないケース
- 同一戦略・同一タイミングで全口座を開始 — 同じ相場で同じ判断をするため、全口座が同時に負ける
- 同一ブローカーの同一サーバーで運用 — スプレッド拡大やサーバー障害の影響が全口座に波及
完全な独立は難しいですが、開始時期を2-4週間ずらすだけで相関は大きく低下します。相場のフェーズが変わるため、ある口座がDDに入っているとき、別の口座は利益期間にいる可能性が高まります。
速度と安全のトレードオフ
口座のリスク設定(ロットサイズ)を上げれば、パスまでの期間は短くなりますが、DD制限に抵触するリスクが上がります。この関係は対数的です。
達成日数の中央値 ≈ -39.5 × ln(DD%) + 241 (R² = 0.995)
この式が意味するのは、DD低領域での改善コストは指数的に増大するということです。
| 設定 | パス率 | 中央値(日) | P95DD |
|---|---|---|---|
| 安全寄り | 99.2% | 369日 | 低い |
| バランス型 | 95.1% | 219日 | 中程度 |
| 攻め寄り | 86.0% | ~150日 | 高い |
攻め寄りの設定で中央値を100日に短縮しても、パス率が86%に落ちると6口座中1口座がDD突破で即死する計算になります。
219日で95%と、150日で86%、どちらが合理的か? 答えは明確です。219日待つ方が期待収益は高い。急いで失敗するより、待って勝つ方が数学的に正しい。
パス率の向上 vs 口座数の増加
限られたリソース(時間・資金)をどこに投下すべきか。
パス率を95%→99%にする場合
- 戦略の改良、パラメータ最適化、フィルター追加が必要
- 過適合との戦いで書いた通り、改良のほとんどは逆効果
- 数ヶ月の開発期間を要する
- 改良が成功する保証はない
口座を3→6に増やす場合
- 追加費用: ¥120,000程度
- 全滅確率: 0.013% → 0.000002%
- E[パス数]: 2.85 → 5.70
- 所要時間: 購入手続きのみ
数学的には、パス率90%以上のEAを持っているなら、それ以上の改良よりスケーリングの方が圧倒的にROIが高い。
おわりに
プロップファームの攻略は、「最強のEAを1口座で動かす」ゲームではありません。「十分に強いEAを、複数口座で動かす」ゲームです。
- E[パス数] = 口座数 × パス率 — 口座を増やせば期待値は線形に伸びる
- 全滅確率は指数的に減少 — 6口座でパス率95%なら全滅確率0.000002%
- 速度と安全はトレードオフ —
中央値 ≈ -39.5 × ln(DD%) + 241 - 口座間の独立性を確保するために開始タイミングをずらす
- パス率90%以上なら、改良よりスケーリングがROI最大
戦略開発に終わりはありませんが、「十分なエッジ」が確認できた時点で、次にやるべきは改良ではなくスケーリングです。